『御神言』と『三六九の儀』大上院勝とマドレーヌ道子の ~カルマ解消~ & Misogi Academy

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香苗の体験談 Vol.2「見えない世界の存在に驚いた私、世界が新しく見えた瞬間」

2022年06月25日

実家のご先祖様のカルマを解き始めた時から、私の生き方は変わっていきました。

これまで、何事においても、
まずは自分の力を伸ばすことが未来につながると信じていた私は、
勉強もスポーツも仕事も、理想を描いて遊ぶ間も寝る間も惜しむほどに、
努力を重ねて生きてきました。
また人のお役に立つためにも、
やはりまずは「自分の力」をつけることが大事だと思って生きていたのです。

努力によって道は拓けると、『自分』の力を信じていた私でしたが…

家系のカルマを解き、ご先祖様との繋がりを実感し始めてから、
『自分』とは何だろう?
と思い直すようになっていきました。

ご先祖様との繋がり?
見えない世界? 見える世界?
見えない存在? 御霊たち?
私が見てきた世界は、ほんの一部?
私は、誰だろう?

これまで自分が知る世界の中で懸命に生きてきたのですが、
概念がガラガラと崩れて、私の中に新しい世界の見方が生まれていきました。

 

私の父方母方双方の祖母ともに、とても信心深く、
毎朝毎夕、お仏壇の前で手を合わせてお供えする姿を知っていたので、
幼い頃からご先祖様の大切さは肌で感じていました。
両親もお盆、お彼岸のお墓参りは欠かさず、
私も祖母宅に行くとまずお仏壇にお線香を立てて、
ご先祖様にご挨拶する習慣が身についていました。

ご先祖様を大切にできていると思っていた私は、
儀の際に、ご先祖様が亡くなってからも苦労や苦難をずっと引きずっていて、
子孫に助けや救いを求めていたことを知った時に、
「まさか‥自分のご先祖様が代々苦しみを抱えていたとは‥」
と受け入れがたい驚きを感じました。

でも、その後、ご先祖様の声と家系の現実が繋がったことで、
一生懸命供養してきた行為が「ご先祖様を大切にできている」
という自分の解釈や満足ではなく、ご先祖様の真の声に意識を向け始めたのです。

また、見えない存在に未知の恐れを抱いていた私は、道子先生と初めて話をした際に驚きの会話をしたことを覚えています。

「もし、誰かが目の前で困っていたら、あなたは助けてあげますか?」

「はい」

「では、ご先祖様(見えない存在)が目の前で困っていたら、助けてあげますか?」

「はい‥」

「見える私にとっては、見える人も見えない人も同じなんですよ。」

と話す先生のまっすぐな瞳を見て、私の中に一筋の光が走りました。
これまでは自分が理解可能な範囲で、
人の役に立ちたいと制限していたことにハッと気づきました。
その場では理解はできていなくても、
ご先祖様が困っているのであれば力になると決めた瞬間でした。

当時0歳の赤ちゃんがいる生活でしたが、毎朝のルーティンに“祈り”を取り入れ始めました。
初めは教わったままに、祈りの言葉、言霊、般若心経を唱え始めました。
また台所の棚の上に、小さな神棚と空間を用意し、水・米・塩をお供えし始めました。
ご先祖様への感謝の想いと労いと、かつてご先祖様が苦しめていた縁ある御霊たちに
謝罪の想いで、とにかく続けていきました。

清めていくうちに、近所に、かつてご先祖様が関わっていた処刑場の跡地があると知り、
すぐに祈りをあげに行きました。
その跡地に行くと、鳥肌が立ち、身体がどっと重たくなった体感と頭痛が襲ってきて、
亡くなられた大勢の御霊たちを清めるためにも、祈りを続けなくてはと‥
改めて感じたのでした。
この時はまだ、子孫としての責任感と見えない存在への怖さから
自分を守るために祈りを続けていた感覚でした。

赤ちゃんがいる中で、祈りを続けることの大変さを感じた時もありましたし、
できなくても仕方ないよねと思う時もありましたが、
当時、一番応援してくれていたのは赤ちゃんだった息子の存在でした。
元気に動き回る息子でしたが、毎朝、祈り、言霊、般若心経を唱えている時間は、
私に抱かれてとても穏やかでニコニコしていたのです。
赤ちゃんは、神さまのところからこの世界に生まれたばかりの存在で、
神さまと見えない世界と繋がり続けています。
その子が落ち着いている様子をみると、祈りが届いているように感じられました。

そして、大上院先生にも
「自分自身が祈りを届けるのではなくて、神様を通して、祈りを届けてもらう」
のだと教わりました。
そこから私の中に、神様と一つになって祈るという意識が生まれたのでした。
神様と仲良くなったようで嬉しくなり、
自分がやらねばという責任感からくる力みも緩んでいきました。
祈ると身体が温かくなり、私にとって心地がよく、
続けていきたい時間へと変化していきました。

「祈り」には「神の意に乗る」という意味が重なっているそうで、
私の祈りを神様に届け、神様の導きによって清めていただくのです。
それを知り、私は独りよがりな願いや不安を解消するための願いではなく、
「神様と一つ」になって祈れているかどうかを意識し始めるようになりました。

いつしか、祈りは廻って、
過去の苦難から解放されて清まっていったご先祖様や御霊たちが、
今度は私たち子孫を見守ってくださる強力な存在となっていくことを
体感するようになっていきました。

毎朝、子どもと一緒に高台から朝陽の出る方角に向かい、
住まわせてもらっている大地とご先祖様に感謝の祈りを捧げていると、
まぶしい光が差し込んできました。
その光が日に日に優しく広がっていくのを感じました。
大雨が降った際には、遠くの雲の上に、
ご先祖様のいる世界、神様の世界とも感じられる
まばゆい黄金の光の一帯を見せてくれました。

他にも、空を見て語りかけているとカラスが「カーカー」と鳴いて応えてくれたり、
群れが一斉に飛び立って注意を促してくれたりもしました。
また、玄関のドア前にカラスの大きな羽が一枚だけ落ちていたこともありました。

こうして鳥や動物を通して、
神様の存在をわかるように感じさせてくれる出来事が続いていきました。
神様やご先祖様が見守ってくださっている実感を持てるようになっていきました。

また、不思議な話ですが、ある日のこと、
山の中で田舎暮らしをしている友人宅に遊びにいきました。
畑が広がる中に、ぽつりとお墓が立っていました。
まだ見えない世界をよく知らなかった私は、有名な墓と聞いて、
どうか清まるようにとその場で般若心経を唱えました。
その時小さな息子がそこにあった石を一つ手に持ったのですが、
帰りの車の中まで握りしめていたのです。
なんの気なしに主人の運転する座席の肩部分に置くと、
主人は突然腰が痛くなってきたと訴え出しました。

無事に帰宅することはできたのですが、
家の電化製品の動きが悪く、何かがおかしいと気づいて道子先生に相談すると、
石は土地の記憶を持っているそうで、石からの影響であると知りました。
石のあった墓は平家の将軍の墓で、かつての戦国時代、
落ち武者となってその地に逃げて暮らしていたということでした。
そのお墓で般若心経を唱えたものですから、
抱えている苦しみを知らせてきたのでした。
軽率な行動をお詫びし、石をお塩で一晩清めて改めてお祈りして、
翌日戦に関わっていた川へと戻しに行きました。

 

この一件は、私が普段見えている世界と見えない世界が影響し合いながら、
共に存在している事実を身をもって知らせてくれた出来事でした。

それから私は、大上院先生と道子先生から、
見えない世界とのかかわり方を真剣に学び始め、
「自分の力」で生きるのではなく、神様と繋がる生き方へと歩みを進めていったのでした。

不思議でもなく、怖いでもなく、

私たちは見えない世界の上に見える存在として生きているのですね。

カルマを解き始めてからの私と家族の変化は、次のブログへと続きます。

 

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