『御神言』と『三六九の儀』大上院勝とマドレーヌ道子の ~カルマ解消~ & Misogi Academy

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~真理と正しい人間関係を学び霊的成長の道を目指す~

結婚した私が体験した、婚家のカルマ① 〜当たり前にしている行動の中に、先祖代々のカルマが隠れていた〜

2022年07月30日

大上院事務局スタッフのやすこです。

私事ですが、昨年結婚しました。
私自身、なかなかにパンチの効いた人生を送ってきましたので、
人のことは考えられず、自分のことで精一杯な時期も長くありました。

しかしある時、
「人生一緒に歩いていけるパートナーがいたらいいな」と思い、
結婚しよう!と決めました。

そして、驚くほどトントン拍子に、
出会いから婚約、結婚までが決まっていきました。

 

結婚にあたって、私の中での必須項目の1つに、
「結婚するお相手の家系のカルマを解き清めること」がありました。

事務局スタッフとして御神言と三六九の儀のお手伝いをする中で、
カルマが様々な形で現れること、
皆さんがカルマを解き清める姿から
家系のカルマを清める重要性を多数見てきました。

なぜならば、結婚によって籍を入れると、
私自分も結婚相手の家のカルマの中に入っていくことが
よくわかっていたからです。

結婚は、家のカルマ、個人のカルマを清め解いていない場合は、
過去からの逆縁でご縁が結ばれることも多いのです。

 

実際に、結婚が決まった直後から様々な揉め事が起きて、
婚約破棄になりそうなくらいのことが起きた方もいらっしゃいましたし、
早めにカルマを解き清めたことによって、
非常にスムーズに結婚の段取りや生活が進むご夫婦も見ていました。
お相手の方の家系の皆様を救って差し上げるからです。

ですので、私にとっては、
カルマを解き清めずに結婚することはあり得ないことで、
結婚費用も、はじめから三六九の儀のことを頭に入れて準備していました。

 

そして、実際に婚約して2週間後に、御神言と三六九の儀を行っていただきました。
実は、夫は見えない世界のことを全く信じません。
ですので、私が家系のカルマの話をした時も、話は聞いてくれましたが、
自分でカルマを解くことはしない、と強く言い放ちました。
私が見えない世界を信じることは自由だが、
自分には押し付けないで欲しい、とのことでした。

私は、少しくらいわかってくれるのではないか?
という期待もどこかにあったので、
はじめは、悲しくて残念な気持ちが湧きました。

でも、私だって、ほんの数年前には見えない世界のことは全く知らず、
信じられないところからのスタートだったことを思い出しました。
もともと覚悟していたことではあったので、自分で夫の家系のカルマを解くことを決めました。
本来であれば、本人がやらなければ意味がないことではありますが、
私ができることもある、ということで
私ができる範囲でカルマを解くことにしました。

そうして、いただいた御神言。

お言葉を聞いていたら、あれこれ納得することばかりでした。
夫の父方の家系は、元は豪族。
度重なる戦いで領地を奪われ、身分も滅亡したそうです。
そのため、一族が生き残る術として、
子を奉公に出したり、養子に出すことをしながら、
一族の血を残す努力をされてきたのです。

ですので、そもそも親子の情が浅く、
子供は愛を受けずに育ち、一人で生きる術を身につけているのです。

夫の話から、このカルマは、今も脈々と引き継がれていることがわかりました。
夫と義妹は、2人とも中学校から大学まで、全寮制の私立の学校に通っていました。
これは、ある意味現代版で子を奉公に出すような感覚ともいえます。
こんなに小さいうちから親元を離されるのです。

私自身は初めてご両親にお会いした時、親子間の距離をとても感じました。
一部ピリッとした空気も流れました。
私の家系も、元々は親子関係は良い方ではありませんでした。
儀を受けて、私自身も魂の学びをしたことによって改善しましたが、
それまでの我が家と比べても、希薄だなと感じました。
親子間で連絡もほとんど取っていなかったからです。

そのことは、夫自身が、
「うちは他の家庭と違うから。それぞれが自立して生きてるから」
とよく言っていたことにも現れています。

そして、義両親の、
「私たちは自分のことは自分でやるから、あなたは自分で生きなさい」
という言葉にも現れているように感じます。

自立、というのはもちろん大切なことですが、
私の感覚からすると、自立しすぎというか、希薄なのです。
きっとご本人たちに取っては当たり前のこと。
しかし側からみると、過去からの同じカルマを繰り返している、
ということが見えます。

 

そして、「今世では、家族を大切にして生きよ」という御神言。
家族の和合、親子の和合がテーマです。
結婚して私がこの家系に入るということは、
私もそこに大いに関係していく、ということになったのです。

次に、母方の家系。
こちらは、疫病・流行病によって命を落とした方が多く、
負傷した兵士を救うために人の手当てや薬の調合を学び、
人を救うことによって報われない先祖のために尽くしてきた一族でした。

しかしながら、今も病のカルマは引き継がれているのです。
義母と義妹は、医療関係者です。
そして、甥っ子さんは、先天的な病を抱えています。
甥っ子さんの病には、義妹のご主人様の家系も関係しているし、
本人の前世も関係していますが、
こんなところに、カルマは脈々と現れてきていることを感じます。

 

また、夫自身の御神言。
現在、貿易に関わる仕事をしていますが、
前世でも同じようなことをしていたそうです。

そして、夫が見えないものを信じないことにも納得しました。
前世から、頭が良くて知力で自力で生きてきたということ。
だから、今回の人生での課題は、
「視野を広げ、霊性を開き、見えない世界を見ること」。

 

私はどうして夫と出会ったんだろう?と思っていましたが、
ここに出会った意味があると感じました。
私自身も見えない世界がわからなかったところから、
大上院先生・道子先生と出会ったことでそこに触れ、経験し、
今では確信に変わりました。

私自身も霊性を開いて生きていく人生を歩んでいますが、
それを、今世の課題である夫に伝えていくこと。
それが私の役割でもあるのでしょう。

 

また、夫は前世で頭がよかったばかりに、
人に頼らず己が一番という心を持っており、
人に恵まれなかったそうです。

それが、今世の、職場での人間関係にも現れており、
聞けば聞くほど、私が体験したことのないような人間関係の話が出てきます。

ですので、今世の課題として、
「人を愛し、愛され、助け、助けられ」ということもある夫。
そういう点では、彼にとっては、
結婚そのものも大きな決断だったことでしょう。
義父からは、ずっと「結婚しろ」と言われていたそうですが、
結婚は考えられず、断っていたそうです。

しかしある時、仕事に没頭するだけでなく、
仕事以外の幸せも感じたいと、
結婚を決意したそうなのです。

 

夫の父方の家系は、家族より役割で生きる家系でした。
それはそうです。
子を奉公にだし、養子に出すなら、
仕事に没頭する人生になるでしょう。
こんなところにもカルマは現れています。

夫が、真に理解しているわけではないとしても、
今世での自分の課題に気付いて結婚を選択してくれてよかった~と、
心から思います。

 

ごくごく当たり前に行っている日常の行動や考え方。
それは、その方の性格的なものももちろんありますが、
ベースには、先祖代々引き継がれたカルマがあるのだと、
夫の家系を客観的に眺めて、改めて実感しました。

 

そんなこんなで、三六九の儀を行っていただきました。
重かったですが、終わってほっとしました。
私が生まれた家系と、夫の家系の皆さまが、和合して生きていけるように祈りました。
そして何より、私と夫自身が和合して生きていこうと決めました。

三六九の儀を行った時の神様からいただいた御神示。

これは、私と夫の家系どちらにも言えること。
どちらも知性に頼って生きてきたのですね。
私自身も、これを心に刻みました。

 

三六九の儀を先に行ったおかげで、
結婚については、さまざまなことがスムーズに進みました。

例えば、お互いの両親への挨拶。
新型コロナウィルスの流行によって、ちょうど緊急事態宣言が出るなど、
県を跨いだ行き来がしづらい状況でしたが、
どうにか緊急事態宣言の合間を縫って
お互いの両親に挨拶をすることができました。
両家が揃って会うことは先に延ばしましたが、
順調に行えたことに感謝します。

また、挨拶でも、とても和やかな時間を過ごすことができました。
夫は一緒に私の家系のお墓参りもしてくれたので、
よりご先祖様も受け入れてくれたのかもしれません。

 

こうして始まった新婚生活。
楽しい生活の一方で、カルマも噴出してきました。
三六九の儀を執り行っていただいた後は、
私や夫が成長のために向き合う課題が残ります。
それが、順番に噴出してきたのです。

夫の健康面、義両親との関係など。。

 

どのようなカルマが噴出して、
どのように解決してきたかについては、次のブログで書きますね。

 

<< 人間関係トラブルの背景〜会社を清めた体験〜

>>結婚した私が体験した、婚家のカルマ② 〜カルマを解き清め、親子の愛が目覚め始める〜

香苗の体験談 Vol.1「ご先祖様の重い重いカルマを1人で背負ってきた父」

2022年06月11日

新しいブログ連載が始まります。

「鈴木香苗さんのカルマ体験談シリーズ」です。

静岡県富士市にお住まいの香苗さんの
大上院先生・道子先生との出会いは9年前。

静岡県富士市は、
【源平の合戦】で有名な富士川があり、
戦国時代には数々の戦場となった土地なのです。
その重いカルマの土地で生まれ育った香苗さん。

そんな香苗さんの、
三六九の儀から始まったカルマを清め続け、
困難から抜け出して夢を実現するまでの体験談の連載がスタートします。

 

===

私が、大上院先生、道子先生に初めてお会いしたのは9年前です。

当時、私は長男という新しい命を迎えて、家族で幸せな日々を過ごしていました。
両親もとても喜んでくれていました。
ところが実家では、解決方法の見えない出来事が次々と起きていて、
両親は生活することが精一杯の状況でした。

でも、その問題に目を向けても進む方向が分からない、解決できるかわからない、
だから、目の前の出来事に対処して生きていくことしかできなかったのです。
そうした両親の苦労を感じながらも、
私もどうしてあげることもできない日々が続いていました。

父は30代後半で会社を立ち上げてから、順風満帆のスタート切り事業を展開させていました。
しかし、不景気の波が押し寄せてきてから、次第に会社の経営も回らなくなり始めました。
それでも、未来を信じて、借金をして立て直しを図ろうと懸命に働いていました。

 

その頃、私の4人兄弟の末の妹が大学進学をするにあたり、
家庭内でもこれまでは伏せてきたお金の話題が飛び交うようになりました。
学費や下宿費をどうするか、仕送りをどうするか、奨学金で何とかなるか、
会社の借金もある、お金が回っていくか‥
そんな中でも妹は努力の末、都内国立大学に進学が決まり、
お金の心配を抱えながら家を出たのでした。

 

父は、会社の経営がうまくいかず、日に日に飲酒量が増えていきました。
もともと出かけて人と会うことが好きな性分でしたので、
夜も飲みに出かけて日が変わっても家に帰らないことが毎日のように続きました。
その上、夜十分に眠れている様子はなく、朝早くに仕事に出かけてまた夜中に帰ってくる。
十数年前、子どもが生まれてから一度やめていたタバコもまた吸いはじめ、吸う量も徐々に増えていく。
家族みんなが、父の身体を心配して声をかけても、聞く耳は持たない。
段々と家庭内でも大きな声を出して怒ることも増え、ピリピリした空気が漂っていました。

そうかと思えば、私の前では
「お母さんを幸せにしてあげられないのが悔しい」と涙を流すこともありました。
きっと父もこのままではいけないと気づいてはいるけど、
どうにもしようがない状況だったのでしょう。

 

その頃、母の知人から、

「あなたたちのご先祖様の影響で私の顔がこんなに腫れてしまった。
とにかく早くご先祖様を清めなさい。一緒に東京の先生の所へ行って。」

と母に連絡がありました。

突然の連絡と出来事に母もよく理解できないまま、
まるで蜂に数十箇所も刺されたように腫れあがった知人の顔を治すために、
大上院先生と道子先生のもとに新幹線に乗って急遽行くことになったのです。
これもご先祖様と神さまの導きでした。

 

母が先生方のところから帰ってくるとすぐに姉と私は呼び出され、

「いい?よく聞いて。私たち動き出すよ!
ご先祖様のため、ご先祖様が苦しめた人々のために、お祈りを始めるよ。
あなたたちの世代、この子たち孫の世代にも、ご先祖様の作ったカルマは流れ続ける。
今、その流れを変えられるなら動き始める。
一緒に動いてほしい。」

と、まっすぐな目と揺らぎない言葉で伝えられました。

 

私は、話の内容を理解したというよりも母の真剣さを受け取り、
今が大きく動く時なのだという直観と共にその日から「祈り」を始めることにしました。

私たちの住んでいる大地には、
富士下方五社と呼ばれる五つの神社と浅間神社が存在するのですが、
ご先祖様と関わりの深い神社であったことを知り、
母と共に毎週末早朝に参拝することになりました。
父も母に連れられるようにしてついてきました。
表面では、しぶしぶとした態度であっても、
きっと父自身も神様にすがる思いであったのでしょう。

 

各神社では、

「ご先祖様方、生前は大変ご苦労様でした。
私たち子孫に真実を教えてくださったこと、感謝申し上げます。
また、無念の思いのまま苦しめて続けてしまった大勢の御霊さん方、
大変申し訳ございませんでした。
神様の愛と光で霊界に導いていただけますように。」

と労いと感謝と謝罪に廻る日々でした。

 

私の祖父から七代前のご先祖様は、小長井山城の上(コナガイヤマシロノカミ)と呼ばれ、
当時、介錯(※)の役目を賜っていたそうです。
戦国の時代には、関東と関西を分ける要の地として強軍の影響を受けてきたため、
厳しい処罰や敵方の見せしめもあり、介錯という役目も必要かつ、重要でした。

そして、人の命を途絶えることに携わるので、
信心し、仏の供養も怠りなく修業していたのでした。
介錯に使われた刀も、神より賜るご神器であり、
神のご加護と罪を清めるためにご神事にも修業していました。

当時は家をあげて祭り事をしていたのですが、
代が変わる度に、心、精神が堕落し、修業を怠るようになり、
「自分たちが偉く、自分たちがすごい」
と勘違いをし、本来の神との繋がりも薄れていったのです。

(※介錯‥切腹する人のそばに付き添っていて、その人が刀を腹に突き刺すと同時にその首を斬って、死を助けてやること)

その頃から、処刑されて亡くなった方々が霊界へ行けなくなり、
特に恨み、無念、生きることへの執着のある者たちがこの世に残り、
無念を晴らそうと、土地の人々、小長井家の子孫に影響を及ぼすようになりました。
実際に父の事業を立ち回らなくさせたのも家系のカルマの表れであり、
霊界に還れずに苦しむ御霊たちからの念があり、
早く本来の役目に気づけ!というご先祖様からのメッセージでもありました。

 

私たち家族は、道子先生を通してのご神言(ご先祖様の話)を初めて聞いた際に、
疑いではなく、確信が持てたのでした。

これまで家系に、自分たちは“首切り族”だと面白おかしく伝えられてきた話、
家に刀があったという話、
代々男性が短命であった事実とそれに気づいた祖母が熱心に信心し続けてきた姿、
親族が作った家系図に小長井山城の上(コナガイヤマシロノカミ)が記載されていたことなど‥
これまで、真実を隠すように絡まり合っていた紐がスルスルと解かれていく感覚でした。

また、母が、なぜ私は父と結婚したのか謎で仕方ないと言い続けてきたのですが、
この家系のカルマを解くお役目があったのだと知ると腑に落ちたようでした。
(両親は前生でも夫婦で、今生では夫婦共に人々に御恩返しをする使命があるそうです。)

そんな折、また早急に儀を受ける必要が出てきました。
父の背骨のお清めでした。
家系のカルマの上に、父個人の過去生からの影響も重なり、傲慢な意識が刻まれていて、
母と私たちにも影響が出ているとのことでした。

家族は、父が
「怒るか、怒らないか」「いいと言うか、ダメと言うか」
で何事も判断するようになっていました。
父を気にしながら生きる家族となっていたのです。
しかし、家系のカルマと父自身の背骨を清めていただいた後から、
徐々に父に変化が起こっていきました。

 

まず変わったのは、父ではなく母、姉、私でした。
これまで、父には何を言っても聞く耳を持たない、怒る、怒鳴る、体調は悪化する‥
それに耐えられず、父を何とか変えようと必死であった周りの家族が、
父個人だけの問題ではなかったことに気づき、受け容れ始めたのです。

父の肩には、7代前から続く家系のカルマが重たくのしかかっていたのです。
その目に見えないカルマの重圧に、父個人ではどうにもしようがなく、
誰にも気づいてもらえず、分かってもらえず必死に生きてきたことをようやく知ることができ、父に影響を及ぼしていた背景に目を向け始めたのです。
そして、父に対して、怒りではなく慈しみの思いを向けるようになりました。
また、この環境下で4人の子どもを育て生き抜いてきてくれた父に、
改めて感謝の想いが膨らむのでした。

 

母や姉、私からかける言葉も変化し、父は段々と柔らかくなっていきました。
まるで、これまで自分を敵から守るためにがっちりと装備していた見えない鎧を、
ゆっくりと下ろし始めたようでした。
家族の前でも何を言われるかと恐れ、威嚇していた様子から、
子どものように無垢で優しい、素の父が出てくるようになったように感じています。
鬼のように怒ってばかりだった父が、
今は目頭が下がった優しいおじいちゃんになりました。

 

9年が経ち、ご先祖様から流れてきた家系のカルマの重圧から解かれた父は、
今は自身が作ってきた今生のカルマと病に向き合い始めています。
私たちも父が父らしく生きていけるよう家族で応援しています。
当時の父の張りつめた様子、緊迫した家族の空気を思い出すと、
母の直観と行動力ですぐに儀を受けて、
ここまで清め続けてこられたことに心から感謝しています。

カルマを背負っていた父、そのカルマを解くために結婚した母。
2人の長年に渡る大変な苦労と儀を受けてからの変化を改めて振り返ると、
自然と涙が出てきます。
両親のもとに生まれてきたことに感謝です。
そして、ここに生まれると決めた私たちも、勇気ある存在だ!
と誇りを感じています(笑)

カルマを解き始めてからの私と家族の変化は、次のブログへと続きます。

「三六九の儀 フォローアップミーティング」開催しました

2021年07月5日

スタッフの遠藤です。

7月2日・3日の2日間に渡り、
三六九の儀を受けた方のフォローアップとして、
「フォローアップミーティング」を行いました。

ミーティングでは、大上院先生・道子先生がお一人お一人の質問や相談をお話を丁寧に伺ってくださいます。

毎回、様々なご相談や質問が寄せられます。
今回はたくさんの苦労の中で三六九の儀を受けられて、これまでの困難を乗り越えて大切なお子さんが目標を成就され、ご本人も未来への希望が持てるようになった、という大変嬉しいご報告もありました。

今回のご質問・ご相談の一部をご紹介します。
・病が見つかった
・車で事故に遭ったがどのようなメッセージか?
・転職について
・母親との関わり方について
・お子さんの不登校が続いているがどのように応援したら良いか?
・塩盛りに書く祈願について、祈願文の内容は?

等々。。。。

皆さん、相談後はスッキリ晴れやかなお顔で一歩前に進まれます。
フォローアップの度に最善の方向に導かれていることを実感します。

三六九の儀を執り行うと、それまで被っていたカルマという重荷を下ろすことができます。
すると、今まで見えなかった小さなことが目に見えるようになり、問題として噴出してくることがあります。

例えば私の場合は、こんなことがありました。

・自分の病気が見つかった
→自分を大切にするメッセージであると教えていただいた(今は問題なく経過観察です)

・妹がパニック障害になった
→先生方に相談して、母方の三六九の儀を行うタイミングだと教えていただいた

・不動産投資詐欺が表面化した
→私のお金のカルマの噴出であった(今は最善の形で終結しました)

このようなことが現れると、一見、悪いことが起きているように感じます。
私も正直驚いてしまいましたが、先生方に一つ一つ相談させていただいたことで、その出来事が起きている意味や、どのように対応していくかを導いていただいたのです。
そして、カルマを解消し、乗り越えてくることができました。

フォローアップミーティングはとても貴重な機会ですので、疑問に感じたこと、三六九の儀を行ったけれど、いろいろ起こるのはなぜ?など、小さなことでもご質問ください。
儀の後の変化など、現状報告もお待ちしています!

フォローアップミーティングは不定期に行う予定ですが、
もし今すぐ相談したい場合には、コチラからご連絡くださいませ。

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