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MICHIKOの スピリチュアルな人生 (2)「呼吸はいのち、呼吸は祈り」

2021年02月21日

呼吸はいのち
呼吸は祈り

ごきげんよう、こんにちは。

今日は呼吸について。

ここ最近はマインドフルネスで「呼吸」が意識されるようになってきました。
マインドフルネスとは「今この時、この瞬間を感じること」

呼吸はいのちだなぁと子ども心から感じていたこと。

10歳の頃、
和歌山県にある白浜という海岸に家族で旅行に行った時のこと。

台風が近づいていてとても大きな波で遊泳禁止となっていました。
それでも、泳ぎが得意な私と兄は「波打ち際なら」と海で遊ぶことに。

波に乗って遊ぼうと、浮き輪をふくらまし、浜から近いところで波に乗って遊び始めた時、
大波の引きに浮き輪ごとすーーーーーとさらわれたのです。

ずいぶん浜から離されたとたんに、次にきた大波の中に巻き込まれて、
海の中でぐるぐる回転しながら、「もう戻れない」と覚悟をしました。

それでも水泳で息継ぎや息を止める練習をしていたので、
息を止められるだけ止めて、とてつもない大きな波に身を委ねるほかありませんでした。

すると、浮き輪のおかげで波の巻が収まったところですっと海水から顔を出すことができ、
すーーーーと息を吸い込んだ時、

『生きてる!』

と心の叫びと同時にエネルギーがみなぎったのです。
息を吸うって、息を吸えるって、すごいこと!!!

それでも浜まだ遠い。。。
『このまま沖に流される!戻れないかも』と思うも、
すぐに大波の畝が迫ってくるのが見えた時、

『この波に飲まれる!!!!』
『きたーーーーー!!!!!!!』

 

さああ、どうなったのでしょう?

 

この瞬間、私はこの大きな波に乗って乗って、浜に押し戻されたのです。
しかも、この大きな波に乗っている間、光に包まれているようでした。

 

両親が私を見つけて慌てふためいて向かってくるのが見えた時に、
《はっ》と、気づきました。

『ああ、神様が私を戻してくれたんだ、神様が助けてくれたんだ。
まだ、生きててもいいんだ。神様ありがとうございます』
と、不思議な気持ちとありがたい気持ちとでいっぱいになりました。

そして何度も何度も、息を吐いて吸って吐いて吸って、と
生きていることを実感したくて繰り返したのです。

この時から、息を吸ったり吐いていることに気づくと《いのち》を感じ、
そして《いのち》を感じたい時は呼吸を意識するようになりました。

呼吸できることってすごいことなのです。
息がすえて、息がはける、って本当にすごい。

人が必要な酸素が空気にいっぱいあって、
人が吐き出した二酸化炭素を植物たちが利用して、また酸素に変えてくれて、
「ありがとう」の中で生かされている奇跡。

海の中でも、陸の上でも、
呼吸を意識して、呼吸に感謝して生きることに喜びを感じています。

そしてその喜びとは、
人の身体ってすごい、という畏怖の念とともに、
自然界の調和ってすごい、という畏敬の念とともに、
この世界をつくってくれたカミへ向かいます。

私とカミが一つになる、
それが【呼吸の奇跡】なのです。

そして《いのち》をもう一つ感じることができるのが一つ動悸です。
心臓の鼓動です。

とっくんとっくんとっくん。。。と心臓が動く鼓動を感じます。
血液が流れている、、と血のめぐりが心の目で見えてきます。

この鼓動さんは、普段気づかない時も多いのですが、
身体さんや心さんから、私に何かを伝えたい時、訴えることがある時は鼓動が強くなるんです。
だから、無視しようと思っても気づかざるおえない。

頭が痛くなる前、
地震が起きる前、
人に会う前、
心が驚く前、
脅威を感じる前、
ドキン!と起こる前に起きる。
不思議と事前に予兆として始まるのです。

ドキン!!!!をキャッチしたとたん、「きた」「このこと」となる。

ドキドキは心地の良いものではないのです。
それでも強烈に《いのち》を感じることができる。
そして、全身を通して何かを教えてくれようとしてくれる、ありがたい現象です。

動悸が伝えようとしてくれることを私自身が受け取ると、鼓動は落ち着いてきて、
「よかった」と伝えてくれます。
呼吸を深くゆっくりと意識することで、鼓動も体温も自然に戻ってきます。

私はいま心臓に疾患があります。

両親から引き継いだ遺伝でもありますが、
疾患は私自身の大切なメッセンジャーでもあります。
そして誰にとっても「病」は大切なメッセンジャーです。

私の場合は「冠攣縮性狭心症」というもので安静時に心臓動脈の痙攣が起こるのです。
幸い、血管は若々しく動脈硬化もないので危険はありません。

私はとても敏感です。
その敏感さのおかげでさまざまな不定愁訴を経験してきました。

敏感な人は最近「繊細さん」という表現でHSPと呼ばれているようです。
繊細や敏感という言葉は、よく使われていますが、どのように使っているのかはそれぞれ違います。

私が使っている「敏感さ」は、オーラと呼ばれるエネルギーフィールドからの情報をいち早くキャッチするためで、視覚(可視光線)や聴覚や触覚に触れる前に、エネルギーとエネルギーで情報交換をしています。

その情報が、エネルギーフィールドから神経、細胞・臓器へとすぐに連絡がいくようです。
そして、頭や腸など神経と直結しているところからすぐに反応が起きます。

さらにその敏感さの影響を受けるからこそ教えてくれるのが「心臓」さんのお役目です。

私自身は、健康になりたい!!!と、願ってきました。
頭痛がない、お腹が痛くならない、ドキドキしない、どこでもいつでもすぐに眠れるようになりたい、と願っていました。
またアドベンチャー、山岳、海洋など秘境と呼ばれる未開の地に行くために、ちょっとのことではびくともしない頑丈な心身になりたい!一心で鍛えたこともありました。

しかし、なんということでしょう。
一生懸命トレーニングしている時にある限界値に達すると、呼吸が追いつかないのです。

限界は自分が作るものだ!とわかっているのに、限界を突きつけられる。
呼吸がついていけない、
酸素が足りない、倒れる、動けない。

また明日、少し負荷を重ねていこう、と焦らずに少しずつ負荷を増やしていこうとしても、
呼吸が上がる、疲労が溜まる、溜まり続ける、そして動けなくなる。
その繰り返し。

運動神経は絶対に良いはず。
小学校までは、学年50m走で一番早かった。
反射神経も悪くないはず。
泳ぐのも早かった。

しかし持久力がない。
呼吸ができないんだ。と気づきました。

肺がヒーヒー音を立てる、
動悸がすごく早く強くなり、めまいがする。

後からわかったことですが、
心臓が「無理だよ」と教えてくれていたのです。

私は、自分自身の自然な呼吸でできることの範囲に収まることにしました。
無理せず呼吸が少し苦しい程度でペースを上げないこと、
持続できる呼吸をすること、
それができる範囲でスポーツをすること。

こうして、「呼吸」を通して私は身体の限界を知ることにり、「呼吸」は私の体質や感覚と向き合わうガイドであり、いつも大切な時に大きな気づきをもたらしてくれるのです。

こうして私は、アドベンチャー&秘境の旅という夢は諦めて、私の身の丈にあった生き方をみつけよう!と決めました。

人は誕生して、オギャーとお母さんのお腹から出た瞬間、赤ちゃん自身で息をいっぱいに吸い込みます。
初めて自力で呼吸をし始めるとき、息を吸うことから始まります。

そして、人は肉体の命を全うして肉体から離れる時、息をすーと吸って亡くなります。
息を吐けなくなる時、それは呼吸が止まる時であり、いのちが終わる時です。

呼吸=息を使った言葉はこんなにあります。
いかに私たちが、息によって感覚を表現しているのかがわかります。

息が切れる
息が合う
息が掛かる
息が続く
息が詰まる

息が通う
息が長い
息つく
息もつかせず
息を入れる

息を凝らす
息を吹き返す
息を呑む
息を弾ませる
息を抜く

息を殺す
息を潜める
息を継ぐ
息を詰める
息白し

息の根を止める
息筋張る
息精張る
消息を絶つ
呼吸を合わす

呼吸を呑み込む
呼吸を計る

いかがですか?

そして、呼吸から気づいたいのちに向き合うこと、
そして呼吸から気付かされた敏感さこそが私の使命を果たす上で不可欠な才能であったのです。

 

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